2005-06-19

咲いた時計草

 期待していなかったが昨日、御宿の「石松」からもらってきて花瓶に生けておいた時計草が咲いた。一輪だけ健気に咲いている。

2005-06-18

紫陽花と時計草

 この週末は梅雨も一休みするという予報を信用してそろそろ見頃になっているのではないかと麻綿原高原の紫陽花を見に出かける。今までに何度も走っている麻綿原高原だがまだ一度も紫陽花の季節に出かけたことがない。雨の時期に落石が多く縁石も崩れているような細い山道を走る物好きは少ないだろう。
 案の定上総牛久のマクドナルドで休憩するまでにずぶ濡れになる程ではなかいが何度も降られた。休憩中も外を走る車のワイパーが動いているのが見える。この調子では麻綿原高原も降っているのではないかと案じられ落ち着かない。10時45分にマクドナルドを出発する。
 幸い会所のT磁路、麻綿原高原への入り口の辺りは今朝から全く降っていないようで道が乾いている。それでも道が細く急になるに従って山肌から滲み出た水がいたる所で山道を黒くまだらにしている。
 麻綿原高原の紫陽花はまだ時期が早かった。全山を覆う紫陽花の写真を、と意気込んで出かけて来たがポツンポツンと咲いているばかりで、ほとんどがまだ白っぽい蕾だ。咲いている数少ない花の色が鮮やかに見えるのはここが山の中で空気が汚れていないせいだろうか。
 麻綿原高原を左折して天津小湊に出る。途中で天津神明神社を見学したため御宿の「石松」には着いたのは12時30分過ぎになってしまった。混んでいるだろうと思いながらドアを開けると誰も客がいない。『今日はヒマなのよ。』とカウンターの中から女将さんが顔を出した。
 今日の「石松定食」はカツオ、きんとき、いなだ、まとだい、くろだいの刺身。野菜の煮物とイカの塩辛にみそ汁と漬け物付き。まとだいには山吹色をしたチーズのような肝がのっていた。味も海のチーズと言えばいいだろうか。初めての味だ。
食べてしまってから写真を撮ればよかったと思った。同じ魚は出ないだろうが写真は次回にしよう。
 帰り際に「石松」の外の壁を変わった花が咲く蔓がはっているのに気がついた。店の女将さんに聞くと野鳥が種を落としていったらしい「時計草」だという。
 直ぐに根付くから持っていきなさいという言葉に甘えて1mほどもらってきた。帰宅してからとりあえず花瓶に入れてみた。ずいぶん沢山つぼみが付いているが果たして咲くだろうか。

2005-06-03

LOOPS展

 2時から4時まで四谷で開かれたセミナー「中国ソフトウエアビジネスと著作権事情」に出席した帰りに、案内状をもらっていたことを思い出して銀座四丁目「和光」裏のギャラリー・オカベまで足をのばした。
 画廊中央に40cm立方に収まるほどの大きさの銀色の作品が奥まで一列に並んでいる。緻密で繊細なメッシュで作られた複雑なメビウスの輪が照明を受けて光っている。近づいてみると銀色のメッシュは荒々しい表情に変わり暗黒の銀河を包みこんでいるようだ。
 制作者の西澤利高さんとは初対面。大変に気さくな方で、この個展をコーディネートした風戸さんを交えて作品の製作工程などを伺った。創作活動を始めた頃から裏返しにしたチューブをテーマにしているそうだ。
 会場の一番奥の壁には黒一色の細かな点描でこれも銀河を連想させる模様を施した飾り皿が架けられていた。
 西澤さんご自身のウエッブサイトで創作活動の様子やこれまでの作品を知ることができる。
西澤さん(左)と風戸さん。

2005-05-25

なっちゃんのお弁当

 カスタマーサポートの宮崎さんには保育園に行っている「なっちゃん」というお子さんがいる。
 今朝そのなっちゃんに作ったお弁当の出来があまりにも良かったので、思わずデジカメで撮ってしまったというので見せてもらった。確かに!
 ご本人の了解を得たのでその写真を紹介します。

2005-05-07

割烹中村

 午前中の雨も午後には上がり青空が広がるという昨夜の天気予報。起床して直ぐにブラインドを上げてベランダから外を見るとほとんど降っていない。ならばと簡単に朝食を済ませてキック一発、勝浦に向けてソロツーリングに出発、8時45分。
 なんと走り始めて直ぐにそれまで降っていなかった雨が降り出した。久々の雨中走行になってしまった。
 16号線に入る頃には本格的な雨脚だ。市原埠頭入口交差点際のDeny'sに入り「オニオングラタンスープ(¥400)」で休憩しながら雨の様子を見る。30分ほどすると雨脚が弱まったようなので気を取り直して再出発。今日はお定まりのコースになっている麻綿原高原越えは雨のためにパスする。上総牛久の先、米沢交差点を直進して勝浦に向かう。
 一時弱まった雨だったが勝浦に入る手前の山間でまた強くなりブーツの中は足が泳いでいる状態だ。2年半前に購入して以来一度も本格的な雨で走ったことがなかったGOLDWIN Euroジャケットだが、防水がしっかりしていて身体は濡れずに走ることができた。
 丁度12時に勝浦にはいる。昼食は割烹中村がいいと誰かが話していたのを思い出して探してみた。128号線から海側に入ったところに見つかった。竹垣が組まれ少し引っ込んだ入口にはパリッと糊の効いた暖簾がかかっている。引き戸を開けて入ると朱鷺色に塗られた壁に黒く塗られた柱や桟が店内の空気を引き締めている。半分以上の席が埋まっていた。
 「おまかせ定食(¥2,000)」を頼んでみたが10週類の刺身の盛り合わせだった。御宿の「石松食堂」には無い味があった。時々寄ってみたい。
 食後は御宿「月の砂漠記念館」を訪ねる。久々にY館長にお会いした。しばらくお互いの近況を語り合って2時過ぎに帰路につく。ようやく空の雨雲も薄くなり始め走り出す頃には切れ切れに青空が見え始めた。上総牛久のマクドナルドで30分ほど小休止。
 午前中の雨が影響しているのか、いつもなら混んでいる帰りの16号線も空いていた。帰投5時15分。

2005-05-01

タケノコと蕗

 日本酒が飲みたくなったので酒々井のまがり屋まで走ってきた。馬橋を9時30分過ぎに出たが、最初の連休最後の日に当たる日曜日なのに思いの外道路は空いており、11時前には到着した。
 まがり屋スタッフのKさん、Yさんはこの連休は連日忙しいと嬉しそうだった。
 来週仙台から来る正浩くんと赤坂の寿司一新さん用も含めて「純米吟醸酒」3本と自分専用に季節限定の冷酒「一番搾り しぼりたて」を1本買う。まがり屋裏の里山を一回りして新緑の空気を吸ってきた。大きな竹林ではお酒を買った小学生連れの家族がタケノコ掘りを楽しんでいた。帰り際にKさんがこれも裏庭に生えていた野蕗を摘んでお土産にしてくれた。
 お昼前にまがり屋を失礼する。帰り道の京成佐倉駅周辺は時代祭のパレードを準備する人がたくさん出ていた。印旛沼の畔にある「ふたご亭」の『うな玉丼(\1,000円)』で昼食。一休みしてからメタル・アート・ミュージアムに回る。坂本太郎氏の作品展だった。直径80cm位の大きな木のパイプが面白い。田口さんがこの美術館のために作曲した環境音楽(バックグラウンドミュージック)を聴きながらしばらく庭を眺めてボーッとしてきた。

2005-04-30

BASSTALK Live

 昨夜、オカベのグッチさんに誘われて南青山Bdy & Soulへチンさんこと鈴木良雄のユニットBASSTALKのLiveを聞きに行ってきた。演奏が始まる間際に店に着いたが既にオカベ仲間5人が来ていた。
 演奏の合間にテーブルに来てくれたチンさんの話だとこのユニットで6月からエストニア、リトアニア、ノルウエー、フィンランドなどを回ってくるそうだ。北欧のジャズシーンは澤野商会から沢山紹介されているが伝統的な演奏をするプレーヤーが多い地域だ。帰国後チンさんから聞く生の北欧ジャズ事情も楽しみだ。
 ユニットのメンバーは鈴木良雄(Bass)、野力奏一(Piano)、井上信平(Flute)、岡部洋一(Percussion)。
 井上さんのフルートを聞いて、かつてLincoln Centerで聞いたDave Valentinの音を思い出した。岡野さんの演奏はパーカッション演奏の面白さ・楽しさを教えてくれる。歯痛を起こして右顎を大きく腫らせた野力さんのピアノはBill Evansをシャープにした音だ。チン御大は北欧行きが決まったせいか、あるいはプライベートライフが順調なせいかは分らないが気持ちよさそうにドライブしていた。
 チンさんから赤ワインを1本ご馳走になってしまった。チンさんご馳走様でした。
 この夜演奏された曲目は最新CDからのタイトルが多かったのでそのCDをAmazonで探してみたが見つからなかった。直接チンさんに頼んで入手しよう。

2005-04-17

ダ・ヴィンチ・コードのネタ本

 今話題のミステリー「ダ・ヴィンチ・コード」のネタ本「レンヌ=ル=シャトーの謎」を読み終わった。著者は「死海文書の謎」などキリスト教の原点に迫る一連の著作を発表しているマイケル・ペイジェント、リチャ−ド・リー達だ。
 ささやかなきっかけから探し出した一見何の脈絡もない一連の古文書から、実に興味深い結論を引き出している。読み進むに従ってイエス・キリストとマグダラのマリアの関係、イエス・キリストの末裔とフランス貴族達の系図、プリウレ・ド・シオン団やテンプル騎士団、フリーメーソンなど秘密結社の目的などが見えて来る。
 この本が出版されると何故ヨーロッパで大きな反響を呼んだのかがよく分る。

2005-04-15

中国語教師と新入社員

 昨年の5月から週2回2時間ずつ、仕事が終わってから勤務先の会議室で中国語会話教室が開かれている。
講師は唐(Tang)さん。中国の大学を卒業して日本に留学、この春日本の大学院を修了したばかりのチャーミングで若い先生だ。
丁寧にそして熱心に指導してくれるので中国語会話教室もなんとか今日まで続いている。
4月になってから営業に新卒のニューフェース于(ウ)くんが入社してきた。彼も中国の大学を卒業後、日本の大学院に学びこの春終了して入社してきたわけだ。今はテクニカルサポート部で研修中だが、スラリとした体形、今ふうのルックスの快活な青年だ。中国にいる頃(学生時代)のニックネームが胖子(pang zi/デブ)だったというが今の姿からは想像できない。可愛いニックネームなのでさっそく小胖子(xiao pang zi)と呼んであげることにした(もっとも、本人はあまり嬉しそうではないが…)。
今月に入って最初の中国語教室には、あいにく仕事に出ていて出席できなかったが以下は後で聞いたその時の話。
授業をしに来社した唐さんが于くんを見て大層驚いたという。何とこの二人、同郷であるだけでなく高校では同級生だったそうだ。それまでお互いに日本にいることを知らず想いもかけない所でバッタリというわけだ。こんな偶然もあるのかと皆、唐さん、于くんと一緒にただただ驚くばかりだったという。

2005-03-20

麻綿原高原・御宿

 凍り付いた山道が怖くて冬の間は行くことの無かった麻綿原高原だが、そろそろ春も立つ頃だし久しぶりに出かけてみる。
 国道14号線に入るとグループで走っているバイク乗り達に何度も出会った。今日が三連休の中日ということもあるのだろうが誰の思いも似たようなものなのだろう。
 毎年思うことで沢山の人が指摘することだがほんとにこの時期になると道路工事が多くなる。
 会所から入る麻綿原高原までの山道は小さな落石があちこちにあり、細かく砕けた小石に後輪をとられることもある。路側帯が崩れている急な昇りカーブも何カ所かあり少し大きめの車で入って来た人は難儀するだろう。麻綿原のT字路を左折して林道天津線につながる道は荒れ方がひどくコースを選びながら下って行く。
 養老渓谷から麻綿原高原に至るまでの山もあちらこちら葉を赤茶色にした杉で覆われている。杉花粉だ。排気ガス対策で専用マスクをつけて走っているが、それでも立て続けにくしゃみが飛び出す。
 御宿の「石松食堂」で5種類の刺身が楽しめる「石松定食」で空きっ腹を納得させる。店内のテレビニュースが福岡沖地震の被害状況を速報していた。食事がすんだ後もサービスのコーヒーをお代わりしてしばらくテレビのニューを見る。自分が走っているときに大きな地震に出会ったらどう対応できるのだろう。
 「月の砂漠記念館」に館長を訪ねたが不在で果たせなかった。併設されている画廊を覗いて帰路につく。
 今日は2度給油したが、ガソリンスタンドのセルフサービス化が目立つ。特に幹線道路沿いのスタンドに顕著だ。1度目は完全セルフ化のスタンドだったが、2度目は給油は自分で行い料金は事務所まで足を運んで対面で支払うセミセルフざービスだった。1990年の走行記録でガソリン1リッターの値段を確認したら126円とある。今日は2カ所とも1リッター106円。
 馬橋出発午前8時20分、帰着午後4時だった。