2026-10-11

銹釉(さびゆう)

ふたご亭から遠回りをして銹釉へ。元はイタリアンレストランだったと言う建物。
店内のテーブル、椅子は松本民藝家具。
コロンビアの豆と米粉のシフォンケーキ。

土砂崩れ

ふたご亭前の信号を左折して双子橋を渡り臼井を目指す。
双子橋を渡ったところにコーンが並べられていたが通行止か? 対向車線を地元と思われる軽自動車が走ってきたのでそのまま進む。双子橋を渡って一キロメートル余り走ったところで土砂と倒木で道が塞がれている。迂回路はない。双子橋まで戻って65号線を北上する。

ふたご亭

ふたご公園の北隣の食堂がふたご亭。先代の頃はうなぎのメニューがあったが今は手がないという理由でメニューから消えている。
開店すると直ぐにカウンターもテーブルも座敷も客で満席、
ランチは〈ナス味噌炒め〉。

双子公園

印旛捷水路の南端近くにある公園は双子公園。
対岸の木に覆われた丘一帯は土浮地区。
松虫姫一行が萩原の薬師に詣でるため、奈良の都から印旛沼の岸までたどりついたところ、風が強くて渡し舟を出すことができない。供をしてきた僧の行基が弁財天(水の神さまでもある)に祈ったところ風が治まり、沼底の土が浮き上がって水上に一条の道ができたという。以来この地を土浮(つちうき)と呼ぶようになった。
象はナウマン象。1963年から1969年にかけて印旗沼を干拓したときに見つかった化石を記念したレプリカ。化石は約3万7千年前のもので、実物のは国立科学博物館に保管されている。

佐倉ふるさと広場

佐倉ふるさと広場のオランダ風車「リーフデ」と咲き始めたコスモス。

飯野観音(馬頭観音)

飯野麻賀多神社から三百メートル余り西に東徳寺の本堂が隠れるように建っている。参道はひどい荒れようだ。
朽木と銀杏で埋まる参道。
観音堂正面の石段。
東福寺観音堂(馬頭観音)。

飯野麻賀多神社

松虫姫公園から464号線に戻り12号線、65号線を辿って飯野麻賀多神社へ。
大きな木に挟まれたた細い参道。
2019年に葺き替えたばかりの屋根の銅板が盗まれ、2020年暮れに再度葺き直したのに、その銅板も2022年10月に盗まれてしまった。今はカラートタン様の資材で葺き直されている社殿。

松虫寺

摩尼珠山医王院 松虫寺 仁王門前までは北総線・印旛日医大駅前からバイクで五分。
天平17(745)年に行基が開基したと伝わる松虫寺は、752年建立の奈良東大寺(大仏殿)よりも七年古い。ここは1300年ほど前、奈良時代に東大寺を建立した聖武天皇の第三皇女松虫姫(不破内親王)に縁の寺。
仁王門前に立つ古木。
仁王門に安置されている阿形・吽形の力士像。
仁王門の東側には通路を隔てて四脚門が建つ。竹竿が一本、門の通行を塞いでいた。門の奥には松虫姫堂がある。
仁王門の奥に建つのは松虫寺 薬師堂。
薬師堂。ご本尊は三十三年に一度開帳される。直近の開帳は2012年だったので次回は2045年。
濃い苔に覆われた薬師堂前の境内。
仁王門右手奥の鐘楼。
鐘楼の右側にある木の小さな鳥居は六所神社の鳥居。
六所神社本殿。
薬師堂左奥に建つのは松虫姫神社。
薬師堂裏の古い石柵に囲まれた一郭は松虫皇女御廟。
松虫寺境内の右奥に建つ瑠璃光殿は重要文化財・七仏薬師如来像を保管するための建物。
松虫寺北側の細い道の傍、太い木の根元に松虫姫の乳母・杉自の塚が建つ。
松虫寺から464号線を超えて一キロメートルほど南西に走ると松虫姫公園があり、広場には鈴木典生作「印旛の地と松虫姫伝説」(松虫姫と牛の像)が設置されている。
都から松虫姫を乗せてきた牛が年老いて身を投じたという「牛むぐりの池」は雨水調整池になっている。

2026-10-09

小宮山さん

玉川学園前駅で近代活版印刷史を研究している宮坂弥代生さんと待ち合わせて、てるてる園に小宮山博史さんを訪ねる。父君・佐藤敬之輔氏の著書に関する相談があるという佐藤創さんとは、てるてる園で落ち合う。
小宮山さんは横浜総合病院に見舞った時よりも血色が良く、昼食を完食するほど元気だった