途中駅が一つしかない東急こどもの国線で、昨日(8月4日)電車とトラックの接触事故が発生したという。
そんなこともあって今日は別ルートを試してみた。新ルートは小田急線玉川学園前駅からの徒歩コース。丘を上り下りして25分ほど歩くと、周囲は道を間違えてしまったと確信する景色になる。周囲に道を尋ねる人の姿もない。
方向は間違えていないはずと進むと見えてきた見覚えのある白い建物はてるてる園。
受付で訪問手続きを済ませて小宮山さんの部屋へ。ちょうど昼食が始まったところだった。メニューはソーキそば、味見をさせてもらったら美味。持参のカップ酒を出したら『辛い!』と叱られてしまった。
mk88の独り言
Ka8B JA2233
学生航空連盟所有(読売大利根滑空場)
製造年:1963(昭和38)年12月17日
製造社:Alexander Schleicher社(ドイツ)
設計者:Rudolf Kaiser
2026-08-05
2026-08-03
香取宏幸展
小松庵総本家銀座で今日から始まった《香取宏幸展—もうすぐ雨が降る》は10月4日まで。
香取さんの説明では炭は夜を、木目は雨を表しているそうだ。炭材は米松とのこと。
◆もうすぐ、雨が降る(炭・木材 W91 x H63 x D4 2026年) ◆雨時々晴れ(炭・木材・エポキシ樹脂 W60 x H21 x D4 2026年) ◆山雨 sun_wu(炭・木材 W54 x H40 x D8 2026年)
香取さんの説明では炭は夜を、木目は雨を表しているそうだ。炭材は米松とのこと。
◆もうすぐ、雨が降る(炭・木材 W91 x H63 x D4 2026年) ◆雨時々晴れ(炭・木材・エポキシ樹脂 W60 x H21 x D4 2026年) ◆山雨 sun_wu(炭・木材 W54 x H40 x D8 2026年)
2026-07-31
飯野観音(馬頭観音)
飯野観音(馬頭観音)は飯野麻賀多神社の鳥居から三百五十メートルほど西にある。佐倉市が設置した説明版は以下のように伝えている。
馬頭観世音菩薩(東徳寺)
「飯野観音」で知られるこの寺は、飯野山と号し真言宗大聖院の末寺である。
寺の創建等は詳らかではないが、過去帳によれば、元禄十六年(1703年)法印良快をもって中興の祖とし、本堂は文化二年(1805年)法印快盛の代の建立である。
この馬頭観世音菩薩は領内農民の農馬愛護の為、信仰されていた。
さらに常夜灯等から佐倉藩士殊に馬術に関係ある士に信仰され、参詣された霊場であったことが明らかである。 幼少寺の遊び場だった観音堂正面の石段は百三段、今は下りる気もしない。 観音堂の左手奥に東徳寺の本堂が隠れるように立っている。
馬頭観世音菩薩(東徳寺)
「飯野観音」で知られるこの寺は、飯野山と号し真言宗大聖院の末寺である。
寺の創建等は詳らかではないが、過去帳によれば、元禄十六年(1703年)法印良快をもって中興の祖とし、本堂は文化二年(1805年)法印快盛の代の建立である。
この馬頭観世音菩薩は領内農民の農馬愛護の為、信仰されていた。
さらに常夜灯等から佐倉藩士殊に馬術に関係ある士に信仰され、参詣された霊場であったことが明らかである。 幼少寺の遊び場だった観音堂正面の石段は百三段、今は下りる気もしない。 観音堂の左手奥に東徳寺の本堂が隠れるように立っている。
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