2006-10-31

タイ語と中国語

 20日ぶりにシャッターを開けて事務所に入る。
 バンコクで買ってきたLanna ComminsをiTuneに落として持って出る。中国から来ている若い同僚数人にに何語で歌っているか訪ねると「中国語でしょ?」という返事。
 数秒間聞き入った彼らは一様に、「歌詞の意味が全く分からないが、これは何処の国の言葉なんだ?」
 Lunnaはタイ語で歌っているのだがネイティブの中国人にも中国語のように聞こえるのが面白い。

2006-10-30

肉離れ(12)、延吉香

 今朝から治療メニューに灸が加わった。
 テーピングで溜まった患部の熱を取るために先ずアイシング、堅くなった患部周囲の筋肉をほぐすために超音波照射、これも今日からで赤外線で患部を暖めながらの鍼、その後が灸、熱痛かった。後はマッサージ、ストレッチ、歩行チェック。テーピングも先週とは違うものになった。より動きやすいものになったようだ。
 今までよりも歩きやすくなっている。歩きやすくなった分ふくらはぎの疲れも張りも強い。通院も毎日ではなく一日か二日おきでOK、酒は今週一杯NO!!

 小関さん、于くんと京都から出張してきているOソフトの田中さんと共に新大久保「延吉香」に行く。田中さんからはソフトウエア開発現場の地獄のような話と、その現場を思い庇う責任者の上層部との戦いの話を聞いた。いずれもすさまじい内容の話だ。

2006-10-29

目隠し

 ベランダ側の塗装が未だ終わらない。サッシは不透明なビニールシートで目張りされているので開けられない上に外が見えない。このところの雨続きでベランダの目隠し状態が一週間続いている。工事が始まる前はベランダからの景色を意識して見ることなど無かったが、こうして塞がれると目を泳がせる先が無くなってしまったことに気づく。
 一日、部屋にいるとストレスが溜まりイライラしてくる。

2006-10-28

ラジオ

 プリアンプにチューナーが繋がっている。随分長い間電源を入れたことがない。ケースの上もほこりが積もっている。ラジオを聞くという習慣を無くしてからどのくらい経つのだろう、かつては出勤時間までの時計代わりだったのに。
 スイッチを入れてみた。J-WaveのTalk番組が流れてきた。語りの間にかかった誰ぞのロックが低域過多て鬱陶しい。送出側で音源にコンプレッションをかけているのだろう。NHK FMに換えるとMJQの演奏が流れてきた。手持ちのレコードアルバムもあるがラジオで聞くのは盤をひっくり返す手間も無く気楽に安心して聞いていられる。ラジオの良さを忘れていた。もちろんNHKの音は音源にコンプレッションをかけていない音だ。

2006-10-27

次期デジカメ

 左足の怪我をした翌日16日から休院日の日曜日以外は毎日治療を受けてきた。昨日から治癒が進んでいるのがはっきり分かるくらい歩くのが楽になってきている。
 今日も治療の後、冨澤施術士からは未だ無理は禁物と釘を刺されてたが、久々新宿に出た。量販店でPowerShot G7の実機を手に取ってみるためだ。
 ヨドバシカメラに入るまでは今まで幾つか候補を挙げて検討してきた結果、次期デジタルカメラはIXY DIGITAL 900ISと決めていた。カメラ館に展示されているPowerShot G7はサラリーマン風の二人連れがいじっていて10分以上待ってもその場を離れない。マルチメディア館に廻るとデジカメコーナーに展示中のG7の前には誰もいない。手に持った感触や構えたときの重量、電源投入時の起動速度、レンズのズーム音や速度、シャッターレリーズの感触などなどを確認しながらいじっていると、心がド・ドドーッとG7に傾いてしまった。
 900ISの28mm広角レンズと軽便性を採るか、かつてのレンジ・ファインダー・カメラの雰囲気を持った多機能コンパクト・デジタルカメラを採るか、あぁ悩ましい。
 現在売り切れ状態、次期入荷の予定は不明とは店員のつれない説明だった。

2006-10-26

肉離れ(11)

 歩いてもわずか5分足らずの所だが怪我の治療は自転車で通院している。通院に使用するためにサドルを普段よりもずいぶん低くして、またがったときに両足がつくくらいにしてある。当然だが、またがるとき痛めた左足で自転車を支える格好になる。このときが怖くて痛い。ここまでは昨日までの話。
 今日の治療も昨日と同じ内容だがマッサージとストレッチは昨日よりもさらに入念だった。治療とリハビリを兼ねたストレッチを併行していると言うことだ。
 治療後、昨日と今日の間で治癒の段階がまた一段進んだようでマッサージで患部にふれていても昨日とは状態が変わっていると言われた。
 治療後に自転車に乗るとき、昨日までの怖さと痛さが無くなっていた。確かに良くなってきているのを実感した。かといって普通に歩けるわけではないのだが。

 午後6時前にソウルのSandoll社からSonさん、Kimさん、Leeさんが勤務先を訪ねてきた。
 Sonさんは仕事の話しがメインの訪問ではなく表敬訪問だと言ってくれたが、年内にまとめたい懸案の契約もあるので、こちらからの提案を託した。
 Sonさん、Leeさんとは昨年12月に家内とSandoll社を訪問して以来の再会だ。桃貴楼での食事はテーブル上の五粮液(Wuliangye)と汾酒のボトルを前に禁酒中の身には忍耐の宴となった。

2006-10-25

肉離れ(10)

 治療内容は昨日と変わらず…
 アイシング、超音波照射、鍼、マッサージ、ストレッチ、歩行チェックだ。マッサージとストレッチは昨日よりも更に入念にやってくれた。
 歩行チェックは素足で歩くのだが、治療直後の歩行は患部にかかる負担が明らかに軽くなっている。椅子に座っての踵の上げ下げとタオル・ギャザーは忘れずに行うように注意された。
 施術士はこの手の怪我人の中では異例の回復速度で経過も順調だと言う。酒も飲まず、無理に歩くこともせず、毎日治療に通えば当然の結果ではないかと思っている。おだてられたのかもしれない。
 靴を履いてしまうと素足の時のようには歩けない。今日も足を引きずりながらの出勤となった。午後出勤も2週目になるが来週はどうなるのだろう?

2006-10-24

肉離れ(9)、Sandoll社からの来客

 アイシング、超音波照射、鍼、マッサージ、ストレッチ、歩行確認という治療メニューで1時間15分。マッサージは苦手。痛めた部分の周囲が硬くなっているのをほぐすのだが、今朝もこのマッサージで冷や汗が出てきた。
 両足で床に置いた厚いスポンジマットの上にたって体重のかかり具合をチェック。意識しないと左足には殆ど体重がかからない。右足だけをマットからおろして左足の膝を前に曲げて踵とふくらはぎのストレッチ。左足に体重を乗せていっても患部が痛くならないのはマットの上だからだ。
 鍼の効果か、マットでのストレッチの効果かわからないが、歩くときの痛みが減って未だ不自然だが昨日より歩きやすくなった。

 韓国Sandoll社から26日に赤坂に表敬訪問に来ると電話があった。Leeさんが同社の幹部社員を引率してくるようだ。Sandollの方と会うのは昨年12月に同社を訪問して以来になる。

2006-10-23

肉離れ(8)

 昨夜は包帯を外してシャワーを浴びそのまま包帯をせずに休んだ。何時も圧迫感を感じているのは包帯がきつく巻かれているためだと思って試しに外してみたのだが、圧迫感は無くならなかった。包帯を外してみて分かったのは圧迫感だと思っていたのは実は鬱血感だったのだ。
 包帯を外したついでに患部を見るとふくらはぎの周囲、特に下の方が広範囲に紫色に変色している。内出血によるものだ。治療時はうつぶせになっていて包帯を巻き終わってから起きあがるため、自分で患部を見ることができないのが。
 今日の治療は先週と同じ、1MHzの超音波治療とマッサージ。痛めた患部はそれほどでもないのだがふくらはぎの周囲はちょっと押されただけでも汗が出てくるくらい痛い。
 今からリハビリテーション時のの痛みが思いやられる。
 怪我をしてからは職場への出勤はずっと午後からにしてもらっている。

2006-10-22

肉離れ(7)

 包帯でギチッと押さえているせいもあって左足首の周囲にむくみが出てきた。ときどき、冨澤施術士が教えてくれた簡単な運動、足指でタオルをたぐり寄せるタオルギャザー運動と、椅子に座って激しく痛まない程度に踵の上げ下げを繰り返す運動をしていたらむくみは消えた。
 それでもしばらく床に足を投げ出していた後で立ち上がると幹部周辺が痛む。
 歩けないのを幸い、滞っていたバンコクのレポートを完成させ公開する。

2006-10-21

肉離れ(6)

 足を痛めて7日目、今朝も治療に行く。微弱電流による治療は昨日までで今日からは実施しないと冨澤施術士。
 微弱電流の治療が終わると言うことは患部の治癒が進んで次の治療ステージに入ったと言うことで、治療上は大きな意味があるのだと説明してくれた。
 しかし、歩くときのふくらはぎの痛みと突っ張りは以前と少しも変わらないのです、冨澤さん。
 今日、接骨院であったうれしいこと…。
 超音波治療が終わると治療台の足下に水をなみなみ入れたプラスチックの容器が置かれた。起きあがって中に足を入れるよう指示される。「へー、水を使った治療方法なんだ。」と思いながら足を入れる。冨澤施術士が「ずっと包帯をしていたので足を洗えなかったでしょう。皮膚にかぶれが出始めているので足を洗いましょう。」と言って丁寧に洗ってくれたのだ。予期していなかったこともあって、なんだかすごくうれしかった。
 きれいに洗ってもらってスッキリした患部を時間をかけてマッサージ。堅くなり始めた筋肉が痛い。包帯を外した足を見ると膝から下の筋肉がゲソッと落ちたのが分かる。

2006-10-20

肉離れ(5)

 肉離れの治療に通っている接骨医は朝9時30分から診療が始まる。9時に受付が始まるがいつも診察券入れは空っぽで毎朝自分で一枚目を入れることになる。
 北松戸のS接骨医院は9時診療開始で8時30分から受付けるが患者のほとんどが高齢者だった。今通っている接骨医の朝一番という時間帯に高齢者の姿はない。何か制限しているのだろうか。
 昨日はテーピング無しで過ごしたが、想像以上に回復が早いとずっと診てくれている女性の施術士。治療の後、包帯を巻く前に素足で床に立って歩く様子を見てくれた。自分では気づかないが左足ふくらはぎ周囲の筋肉が目に見えて落ちているという。その分リハビリが厳しいのかな?
 いつ頃包帯がとれるのか聞いてみるのだが未だ何時頃とはいってくれない。もっとも痛めてから未だ1週間経っていないのだから無理もないか。包帯がはずせる時期よりも直るまでに最低でも1ヶ月はかかるとは言われてしまった。

2006-10-19

肉離れ(4)と古巣の近況

 午前中、足の治療に行く。幹部周辺にようやく内出血の青あざが出始めた。治癒には必要な症状なのだそうだ。
 今日はテーピングの固定なしで足首もゆるめに包帯。治療が終わって歩き始めの数歩はきつく固定されていた昨日よりも歩きやすかったが、その分気をつけないと痛めた筋を伸ばしやすい。テーピングがない分包帯がきつめだったせいか、職場で左足がひどくむくんだような気がしたが帰宅して見てるとそれほどでもなかった。

 我が古巣、日興美術の高橋さんがこの夏に退職された。節目なので赤坂の鮨一新で一杯やりましょうの約束が今日になってしまった。いつもメンバーに加わる蒲田のKさんにも声をかけて古巣の近況を聞いた。藤枝工場の隣接地に新たな土地を購入し藤枝第二工場を作ったりオフ輪をさらに1ライン増設したりと設備投資が続いているそうだ。昨日S会長が亡くなられたことも伺った。これからは現社長の舵取りの真価が問われることになるのだろう。発展が続くことを祈るばかりだ。
 足の治療中と言うことで一新でもその後のBlossomでもアルコール抜き。Blossomで于くん、季くんと顔を合わせたので二人にT氏、K氏を紹介する。季くんは直ぐに帰宅したが残った于くんと異業界の両氏とはなにやら難しい話題で盛り上がっていた。アルコール抜きのこちらは置いてきぼりの感だった。

2006-10-18

肉離れ(3)

 午前中に接骨医で肉離れの治療を受ける。青年施術士がずいぶん久しぶりですねと話しかけながら処置してくれた。彼の記憶によると初めて顔を会わせたのは彼が未だ見習生の時で5年ほど前になるという。よほど覚えられやすい顔をしているのだろう。
 肉離れの経過は良好。微弱電流、超音波照射、マッサージを受けて1時間余りかかる。歩いても左足が昨日より先の方に出せるようになったが、階段はまだ片足ずつでは下りられない。

2006-10-17

肉離れ(2)

 午前中肉離れの治療に行った。午後から出社したいのだがと言うと患部のコンパウンド状態も無くなっているからいいだろうということになり、膝下から足首までテーピングと包帯でガチガチに固定してくれた。
 階段を片足ずつで上ることはできたが下りるときは一段毎に足を揃えないと下りられなかった。家から勤務先に着くまでにこんなに階段があったのか。
 勤務先から帰宅してからも患部にストレスをかけない限り痛むことはなかったが、直ぐに患部を氷で冷やした。痛めてから未だ日は浅いが経過は良好のようだ。

2006-10-16

肉離れ

 昨日の朝はレストアなったKa8Bの耐空検査の模様を撮影しようと朝8時前から関宿滑空場につめていたが、格納庫前から機体の組み立てが始まる滑空場に向かうため土手を越えようとして左足ふくらはぎを痛めてしまった。
 今朝、家の近くの接骨医で見てもらったら肉離れを起こしているので可能なら今日一日動かずにじっとしている方が良いというので休暇を取って家にこもっていた。

2006-10-15

初飛行と耐空検査

 今年8月から学生航空連盟に所属する学生有志が連盟の先輩指導の元レストアを続けてきたが今日、関宿滑空場で耐空検査の日を迎えた。
 最初に同連盟の久野浩樹教官が耐空検査に飛び立つ。3,000ftから500ftの高度差で予め予定されている検査項目に従って機体の性能検査をするという。牽引されて行く機体が浮き上がった瞬間、レストアに携わってきた学生達が口々に「アッ、浮いた〜!」と感慨深そうな歓声を上げた。
 二度目の検査は直接レストアを指導してこられた佐藤さん自らが操縦席に着いた。関口さんのお薦めで森さんが操縦する牽引機に乗せてもらいKa8B初飛行の勇姿を空中でとらえることができた。
 空に浮かぶ赤い機体と純白の翼はかつてのグライダーのイメージそのものだ。
『Ka8Bレストアを進めてこられた学生航空連盟と関宿滑空場の皆さん、おめでとうございます!』
 今日10月15日は佐藤さんの72歳の誕生日でもある、佐藤さん重ねておめでとうございます!!

2006-10-14

溜まった宿題

 北京で撮影した写真を整理してからHP上のバンコクのページにコメントをつけ始める。
 バンコクから戻ってから未だ一月経っていないのにメモがないと一行も書けないのが情けない。早くバンコクレポートを仕上げないとKa8Bレストアレポート北京の報告が待っている。

2006-10-13

胡同の練炭 (北京出張)

 冬支度が始まっているのだろうか、琉璃廠奥の胡同を歩いていて練炭を積んだ三輪自転車を見かけた。練炭は新しく作られたもののようでしっとりとしていた。
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2006-10-12

小土豆 (北京出張)

 内モンゴルから北京に出張してきた于くんの友人常春青くんを交えて今朝方4時過ぎまで飲んだのがたたって一日ぼんやりしていた。夕方5時前に夕食に行くかと声をかけてくれた于くんのお陰で少しエンジンが回り始めた。
 宿泊している北京新世界万怡酒店(Beijing Xinshijie Wanyi Jiudian)続きの新世界ショッピングセンター5階にある東北料理のレストラン小土豆(Xiaotudou)に行く。2004年4月に初めて入った店だ。そのときは気づかなかったが店の入り口横にこんなプレートが掲げられているのを見つけた。
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2006-10-11

十五号 (北京出張)

 馬超さん、馬越さんの案内で于くんと西単裏の胡同にある、現在北京の若者達の間で大ブレイク中の「十五号」に行く。「十五号」とは15号店という意味ではなく建物の番号をそのまま店名にした食堂でインターネットで噂が広がり店の前は常に行列ができているという。
 行ってみると話の通りで予約のない客は入れてもらえない。席が空かないために入れない予約客で店の前に人垣ができている。予約無しの我が一行は馬超さんが頼み込んでくれたおかげで予約客を尻目に首尾よく入店することができた。
 「十五号」の料理は後日まとめるホームページで紹介するが唐辛子の粉をまぶして真っ赤になった鶏の手羽肉の串焼きが目玉で辛さも一級だった。
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2006-10-10

鯰の唐辛子油煮 (北京出張)

 于くん、馬超さん、蹇昕芮(Jian xinrui)さんと鬼街の四川レストランで夕食。店内は地元の人とおぼしい客ばかり。ザリガニの唐辛子油煮、羊の串焼き、蛙の串焼きなどに続き目玉の一品が鯰の唐辛子油煮。一度焼いてから唐辛子油で煮た鯰は何とも辛くて皮が香ばしい。四人の内、于くんだけが辛さに辟易していたが残るのは辛さに鈍感な者ばかり、馬超さんも四川出身の蹇昕芮さんも辛さを感じないと言いながら食べていた。
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2006-10-09

大連空港 (北京出張)

 北京出張に初めて大連経由の便に乗った。成田から約2時間30分、入国審査で1時間ほど機を下りた。空港敷地の直ぐ近くまで住宅が建ち並んでいる。
 大連といえばもっと寒々とした印象を持っていたが、地図を見れば北京とさほど変わらない緯度にある海に接した街だ。
 北京には17時35分頃到着する。
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2006-10-08

バンコクの写真

 北京に出張する前にバンコク旅行の様子をまとめたいと思っていたが、コメントをつけずに写真だけアップした。まとめ方に手こずって予想外に時間がかかってしまった。

2006-10-07

青空

 昨日の雨と風が嘘のような空だ。その雨と風が汚れた大気を洗い吹き飛ばしたのだろう。
 都庁舎も竣工当時の印象で青空の下に映えていた。

2006-10-06

騒音

 16と17号のアベック台風の影響か朝から強い雨。時間とともに風も強くなってきた中、大規模修繕工事が進む。ベランダ側の壁面に電動工具を当てて何かしているらしく一日中ガーガーと大きな音がしていた。サッシを閉めても躯体を通じて音が響いてくる。部屋の中でも会話ができないくらいだ。
 ベランダ側の工事中は職人達が足場を通るのでブラインドもおろしっぱなし、さらにベランダの工事がスムーズに進むようにとサッシの網戸をはずしたり植木鉢や物干し竿を部屋の中に入れたため室内がうっとうしい。

2006-10-05

500系車輌

 提供データのライセンスやデータの細かな内容について打ち合わせるため三澤さんと名古屋のB社に出張。メールや電話では得られない成果を得る。
 帰りの新幹線車輌が間もなく姿を消すと言われているJR西日本の500系だった。航空機を思わせる車体の断面形状や先頭車輌のデザインは根強いファンを持っているという。その車体断面形状のために窓側の座席が窮屈であるとか照明が暗いとか、先頭車輌前部に乗降口がないなど運用面で不評を買っている部分もあると三澤さん。名古屋から乗った車輌の車内表示でも省エネと環境に優しいN700との交代を告知していた。
 壁から天井に掛けて大きくカーブして航空機の客室を思わせる車輌内部。
 戦闘機を彷彿とさせる先頭車輌のデザインは子供達の人気の的になっているという。引退が惜しまれることだろう。

2006-10-04

羊肉狗肉

 台湾から来日しているMichaelが中国東北地方の朝鮮料理を食べてみたいというので仕事が終わってから有志が新大久保の「延吉香」に集まった。于くんと二人この集まりに参加するために幕張メッセで開催されている「CEATEC」を見学した後、新大久保まで戻った。電車の中では2時間立ち放しだ。
 この店の羊肉の串焼きはいつ食べても美味しい。疲労回復に効果があるという狗肉の炒め物は、北京の北朝鮮料理店「北京平壌海棠花」や上野の「延香亭」で食べたものより柔らかくみずみずしくてこれも美味い。
 隣のテーブルにいた中国からの留学生楊美霞さんのグループ4人と一緒に記念撮影。飲み足らないというY嬢につきあって駅前の「和民」で飲み直し結局終電。 

2006-10-03

国慶節の影響

 来週9日から出張する北京への航空券がやっと手配できたが、行きは直行便がとれなくて大連経由になってしまった。なかなか思うような予定でチケットがとれなかったが10月1日から1週間続く国慶節の影響なのかもしれない。ホテルもいつもよりグレードを上げてやっと予約できたみたいだ。

2006-10-02

次期デジカメの悩み

 次期デジタルカメラを何にするか三澤さんも悩んでいらっしゃるが、遅い夏休みで旅行から戻られた三澤さん、今回のご自身の旅行を通じてPowerShot G7よりも絶対に携帯性の良いIXY DIGITALだと強くおっしゃる。
 PowerShotの少し前のタイプを旅行に持って行ったが、大きすぎてポケットにも入らず常に肩からカメラが下がっている状態で移動で歩くにも大いに気を遣わなければならなかった。気軽に気楽に撮影と言うには重すぎたので次期デジタルカメラは最近発表されたIXY DIGITAL 900ISがいいというのだ。
 ベテラン先輩の言葉なのでサイトで調べるとレンズの広角側が28mmで4倍ズームだ。Image Stabilizerも付いている。最初にPowerShot S80を候補にあげた最大の理由が28mmレンズ搭載だったのを思い出した。発売は今月の5日の予定になっている。店頭で実機を見て決めるしかないな。
 せっかくG7にしようかと心が傾いてきているのにまたしばらく楽しく悩まなければならない。
 写真はキヤノンのホームページから拝借したIXY DIGITAL 900IS。

2006-10-01

一人シェークスピア

 楠美津香:新宿ゴールデン街劇場公演(超訳)ヴェニスの商人。劇中の8人の登場人物を一人の女優が全て演じるというので新宿ゴールデン街まで行ってきた。
 スピード感があり、ストーリーも追いやすく面白かった。彼女によって通俗的に仕上げられた展開はシェイクスピアの原作が持っている(と思われる)ユーモアもきっとこうなのだろうと思わせてくれた。終始笑い声とともに小さなステージを見た。
 小道具の小さな黒板には8人の登場人物の名前とそのキャラクター、相互の関係が書いてある。
 猫でも出てくればだれかの映画の一こまか、昼間のゴールデン街。