蚊ほどの大きさが一匹テーブルの周りをチョロチョロする。叩き潰したつもりが何時も手の下にはいない。
やっと捕まえても暫くすると別のヤツがまた一匹飛び回る。不思議なことに一度にたくさん飛び回ることはないのだがその一匹が煩わしい。
アース製薬の「コバエがホイホイ」がイイと聞いて自宅近くの薬局やスーパーマーケットで探したが売り切れていたり扱っていなかったり。
入手できたのは8月に入ってからだが噂に違わず効果があった。
Ka8B JA2233
 学生航空連盟所有(読売大利根滑空場)
 製造年:1963(昭和38)年12月17日
 製造社:Alexander Schleicher社(ドイツ)
 設計者:Rudolf Kaiser
 約2時間の長江哀歌を見終わって外に出るとチケットを買う人の列が朝よりも長くなっていた。
 祥雲寺への横丁を抜けて香林院の山門を出ると広尾商店街だ。商店街から聖心女子大学に向かう細い露地の直ぐ横手にランチに通った「もくもく」(広尾5丁目2-26/03-3442-9489)が今も暖簾を下げていた。ここの焼き鳥丼は忘れられない。
 「もくもく」の前を通り越して広尾駅に向かって商店街の右側を行く。「たかだ歯科」の看板が目立つビルの2階がメキシコ・レストラン「La Jolla」、未だ営業していた。ここのランチにも随分通ったっけ。そういえばMy MixiのOff Line Meetingもここだった。
 プラザ広尾の手前から祥雲寺方向を振り返る。少しずつ古い建物が無くなり綺麗な通りになって来ている。
 プラザ広尾の手前にある薄暗い露地を入ると右手に鬱蒼とした木立の庭が見える。庭付き一軒家のイタリアン・レストラン「Il Buttero」。もう何十年もここにあるような雰囲気になっている。
 これもJR蒲田駅東口の「ラーメン潤」のスタンダードラーメン。魚系の出汁をベースにした醤油味のスープ+背脂、麺は太目。スープの色は濃いが見た目よりずっとあっさりしていた。酔った頭ですすっても個性のあるラーメンだった。
 出発前に馬橋接骨院の富沢施術士が腰の辺り4カ所に埋めてくれた鍼の効果は絶大。シャワーを浴びるときははがれないように細心の注意を払ってきたが、お陰様で今日まで腰痛の再発無し。北京←→盤錦の移動は7時間以上の座り詰めだったがこれもクリアしてくれた。大大感謝だ!
 玄関を入ると天井の高いエントランスの左右にギリシャ風の彫刻が飾ってあり、天井から下がっているシャンデリアと相まって豪華な雰囲気を作っている。フロントカウンターはイギリス式ホテルのような小さなものだ。
 朝食後は二一九公園を散歩する。公園と言っても一回りするのに半日以上かかりそうな大きなもので、一時は東洋一の規模を誇っていたそうだ。
 決してきれいとは言えない池の水だが、いくつかある大きな池の一つでは大勢の人が泳いでいた。池の周りには釣り糸をたれる人、ダンスの練習をする人、家族連れで弁当の朝ご飯を楽しむ人と地域にとって無くてはならない公園のようだ。
 1時に北京を出発したバスも8時にようやく鞍山に到着。窮屈なバスで7時間の移動はきつかった。鞍山駅前が一番賑やかなようだが雑然とした印象だ。
 古い北京の建物の面影を残した店内はテーブルが雑然と並んでいる。その真ん中にある入り口を入ると、古い立派な看板の下で、様々な料理を作って売る小さな店が両側に並んでいる。
 自らハンドルを握って私達をここまで連れてきてくれた王さんが自慢するとおり、今まで食べたことのない料理ばかりだった。もちろん少しは中国の家庭料理に接してきた私にとってもどれも初めての味。5人できたが今度はもっと大勢できてみたい。
 成田でチェックインするときにドアサイドの席を頼んだのだが、今回も既に満席ですという返事だったのに、搭乗してみたら空いている。さっさとドアサイドの席に移動したことも幸いしたか、狭い飛行機のシートに6時間近く座りっ放しだったが気になった腰痛も富沢施術士の処置のおかげで異常なし。